横浜地方裁判所川崎支部 昭和44年(ワ)485号 判決 1971年4月22日
原告
棚田正夫
被告
川崎市
ほか二名
主文
被告らは原告に対し各自金二、七七七、八五六円及びこれに対する昭和四一年一一月六日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は六分しその一を原告の、その余を被告らの負担とする。
この判決は原告の勝訴部分に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告
(一) 被告らは原告に対し、各自金三、三四〇、八五六円及びこれに対する昭和四一年一一月六日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び仮執行の宣言
二、被告ら
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二、原告の請求原因
一、事故の発生
(一) 被害者 原告。
(二) 発生時 昭和四一年一一月六日午前八時五〇分頃。
(三) 発生地 川崎市二子一六四番地先路上(通称二子道路)。
(四) 加害車両 大型トラック、車両番号神一な一一八二。
(五) 加害車両の運転者 被告 中村市郎
(六) 被害者の事情 一種原付自転車運転中の事故で被害者に過失なし。
(七) 事故の態様 衝突。その具体的内容は後記のとおり。
(八) 原告の受けた傷害の内容
右脛骨複雑骨折兼頭部打撲傷兼くも膜下出血右膝足関節に自動車損害賠償保障法施行令別表級別一〇級一〇号に該当する後遺症を残した。
二、事故の具体的内容
(一) 被告中村は加害車を運転し、時速約三〇キロで現場附近に差しかかつたところ、左前方道路上に穴があり、そのためハンドルをとられるおそれがあつたので、ハンドルを厳格に保持して速度を調節すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然同一速度で進行した過失により、右穴によつてハンドルをとられ、ハンドル操作を誤つて、センターオーバーして対向してきた原告車と衝突したものである。
(二) 一方、本件現場の道路は被告川崎市の管理するものであつて同市は営造物たる右道路が通常備えるべき安全性を維持する責任があるところ、本件事故当時、現場付近の道路上に、直径約九五センチ、深さ約一七センチの円形の穴があり、補修または危険防止等適切な処置がなされることなく放置され、かつ、何らの交通制限の表示もしてなかつたので、被告中村の運転する自動車の右側車輪が穴の右側あたりに乗り入り、その際、その側辺が崩れて車輪が穴に落ち、そのはずみでハンドル操作を誤つて本件事故を発生させたものであるから、この道路上のかしも本件事故の原因をなしていたというべきである。
三、帰責事由
被告中村は加害車両の運転をしていて本件事故をひき起したものであるから民法七〇九条により、被告李は右自動車の運行供用者として自動車損害賠償保障法三条により、また、被告川崎市は道路の管理者として国家賠償法二条により、各自連帯して、原告が本件事故により蒙つた後記損害を賠償する義務がある。
四、損害
(一) 入院中の雑費金三〇、〇〇〇円
原告は事故当日から昭和四二年二月一九日までの一〇六日間大貫病院に入院し同年二月二〇日から同年三月一五日までの間同病院に通院(診療実日数二三日)して傷害の治療を受けたが、右入院中の雑費として一日約三〇〇円の割合による合計金三〇、〇〇〇円を要した。
(二) 休業による損失金三七二、六〇〇円
原告は本件事故当時、板金請負業の板金工として、平均日給金二、三〇〇円、月額金五七、五〇〇円(二五日出勤)を得ていたが、本件事故により、昭和四一年一一月六日以降昭和四二年四月一六日まで一六二日間休業せざるを得なかつたためこの間合計三七二、六〇〇円の賃金を得られなかつた。
(三) 逸失利益金二、〇九二、五〇〇円
原告は本件事故当時三八才(昭和四年三月一五日生)の男子であるから、なお昭和四二年より二四年間は稼働できるものと認められるところ、前記のように一〇級一〇号の後遺症により、労働能力の一部を喪失したため、その日給において事故前より金四五〇円を減額されるに至つた。この減額分は原告が本件事故によつて喪つた利益であり、一年間における喪失利益は金一三五、〇〇〇円(450×25×12=135,000)となるから、これを基礎にして民法所定の年五分の割合による中間利息を、ホフマン式計算法により控除して現価を求めると金二、〇九二、五〇〇円(135,000×15.5(24年間のホフマン係数)=2092,500)となる。
(四) 慰藉料金一、〇三〇、〇〇〇円
慰藉料として、入院一〇六日に対し、金三〇〇、〇〇〇円、通院二五日に対し金三〇、〇〇〇円、後遺症に対し金七〇〇、〇〇〇円、以上合計金一、三〇、〇〇〇円を要求する。
(五) 弁護士費用金三〇〇、〇〇〇円
以上合計金三、八二五、一〇〇円が、原告が蒙つた損害の合計額である。
五、損害額より控除すべき金額
原告は昭和四一年一二月頃被告李より見舞金として金六〇、〇〇〇円を受領し、昭和四四年八月二四日被害者請求により自動車損害賠償責任保険による保険金四二四、二四四円を受領したから、これらの合計金四八四、二四四円は前記損害額より控除すべきものである。
六、よつて、原告は被告ら各自に対し、右金三、八二五、一〇〇円より金四八四、二四四円を控除した残額金三、三四〇、八五六円とこれに対する本件事故当日の昭和四一年一一月六日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、請求原因に対する被告らの答弁及び主張
一、被告李、同中村の答弁及び主張
(一) 請求原因第一項の(一)ないし(五)は認める。(六)は被害者に過失なしとの点は否認する。(七)は衝突は認め、その余は争う。(八)は不知。
(二) 同第二項(一)は、被告中村に過失があるとの点は否認する。
(三) 同第三項は、被告中村が加害車両の運転手であり、被告李が被告中村の使用者であり、かつ、加害車両の運行供用者であることは認めるが、両被告の賠償責任は否認する。
(四) 同第四項の損害はすべて争う。
(五) 被告らの主張
被告中村は加害車両を運転して、道路左側を時速約三〇キロで前後左右に注意しながら進行中、事故現場の一〇数メートル手前で別紙図面のとおり、前方道路中央部からやや左側の地点に直径約四〇センチ、深さ約一七センチの道路工事跡の穴のあるのを発見したが、その穴と左側道路の通行し得る余地は自動車の幅員より狭いので、そのまま進行すれば、自動車の右側車輪が穴に入る危険を感じたので、ハンドルをやや右に切り、穴をまたいで進行しようとしたところ、右側車輪が穴の右側辺に乗り入り、その際側辺が崩れて車輪が穴に落ち、そのはずみで自動車が右にはね上り、道路中央線を超えて右に出たため、急遽左にハンドルを切り進行方向を正そうとした際、対向してきた原告運転の自転車が、進行左側に駐車してあつた貨物自動車を避けて、道路の右側に出て道路中央線を超えて進行してきて、その前部が、被告中村運転の自動車の前部中央部に衝突したのであつて、その際原告が路上に投出されて負傷したのである。
ところでこの道路は、幅員約六メートルの交通頻繁な道路で、特に自動車の往来も激しいところであり、かつ、何らの交通制限も、工事跡の表示もなかつたから、そのようなところに道路工事跡が復旧されないまま放置されているとは通常考えられないので、被告中村が同所に近付くまで穴のあるのに気付かなかつたのはやむを得ないところであり、従つて被告中村には何ら過失はない。
本件事故は右のような道路管理上の過失に加えて、原告が前方注視義務を怠り、駐車中の自動車を避けて漫然右側に進み、道路中央線を超えて進行してきたため発生したものであるから、原告の右過失と道路管理者たる川崎市の過失に因るものというべく、被告中村の過失に因るものではない。従つて、被告中村には原告の損害を賠償する義務はない。
また、被告李は、その被用者たる被告中村が自動車の運行に関し注意を怠らず、かつ、自動車の構造上にも欠陥はなかつたから、被告中村と同様損害賠償義務はない。
二、被告川崎市の答弁及び主張
(一) 請求原因第一項の事故の発生のうち、事故の概況はおおむね認めるが、原告に過失がないとの点は否認する。
(二) 同第二項の事実は、原告主張の道路は川崎市道であつて、被告川崎市が管理するものであることは認めるが、その余の事実は知らない。
(三) 同第三項は、被告川崎市に賠償責任があるとの点は否認する。
(四) 同第四項は不知。
(五) 仮りに、右道路上に多少のかしがあつたとしても、車両の進行に危険を及ぼす程度に至るものではなく、従つて本件交通事故は加害車両の運転者である被告中村と、原告との過失によつて起きたものであつて、被告川崎市には何らの責任もない。
第四、証拠〔略〕
理由
原告主張の日時、場所において、被告中村の運転する加害車両と、対向して進行してきた原告運転の原動機付自転車とが衝突したこと、右事故現場の道路は被告川崎市の管理する市道であることは当事者間に争がない。
〔証拠略〕によれば、本件事故現場の道路は二子橋方面より高津十字路方面に通ずる通称大山街道という、幅員約六メートルのアスフアルト舗装された、歩車道の区別のない道路であること、被告中村は右道路を加害車両を運転して時速約三〇キロで、二子橋方面より高津十字路方面に向けて進行し、事故現場付近にさしかかつたが、同所道路中央付近に、短い部分の直径約五〇センチ、長い部分の直径約七〇センチのだ円形をした、深さ約七センチの穴のあるのに気付かなかつたため、右前輪を穴に落ち込ませ、そのシヨツクでハンドルを右にとられて、自車を斜め右前方に暴走させ、折柄駐車車両を避けて道路の中央寄りを進行してきた原告運転の原付自転車の前部に、自車左側前部バンバーを衝突させ、原告を路上に転倒させ、因つて同人に前記の傷害を負わせたものであることが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信しないし他に右認定を動かすに足る証拠はない。すなわち、本件事故は、被告中村が前方注視を欠いて漫然進行したため、右のような悪い路面の状況を事前に発見できないまま右前輪を穴に落ち込ませたのと、いかなる場合にもハンドルを確実に保持して、的確にこれを操作すべき注意義務があるのにこれを怠つたため、ハンドルをとられた過失によるものというべく、同時に、道路の管理者たる被告川崎市がその大きさと深さからみて、車両の進行に危険を及ぼし得ると認められる前記のような道路にできた穴を何ら補修もなさず、かつ、危険防止の措置も講じないで放置しておいたことによるものというべきである。そして、原告に被告ら主張のような過失の存したことを認めるに足る証拠はない。
被告李が被告中村の使用者であり、加害車両を自己のために運行の用に供する者であることは当事者間に争がない。
そうすれば、被告中村は不法行為者として民法七〇九条により被告李は加害車両の運行供用者として自動車損害賠償保障法三条により、被告川崎市は、道路管理にかしがあつたものとして国家賠償法二条により、各自連帯して原告に対し、後記損害を賠償する義務があるものといわなければならない。
そこで損害額について検討する。
(一) 〔証拠略〕によれば、原告は前記傷害のため、昭和四一年一一月六日より昭和四二年二月一九日まで一〇六日間、川崎市内の大貫病院に入院して治療を受けその後同年三月一五日まで通院して、マツサージ療法を受けたことが認められる。そして、当時の経済事情を考慮すれば右入院期間中原告は雑費として少くとも一日金二〇〇円の割合による合計金二一、二〇〇円の出費を余儀なくされたことを認め得るから、原告は被告らに対し、右金員を本件事故による損害として請求し得るものといわなければならない。原告が右金額を超える出費をしたことについてはこれを認め得る証拠はない。
(二) 〔証拠略〕によれば、原告は板金工として、本件事故当時東京都品川区内の志村建築板金工業所に勤務し、日給金二、三〇〇円を得て、一か月間に二五・六日稼働していたが、本件事故により受傷したため、軽快して治療を打切つた昭和四二年三月一五日までの一三〇日間、休業のやむなきに至り、右休業期間中全く給与を得られなかつたこと、この間一か月につき二五日の割合で勤務したとすれば、少くとも一〇八日分合計金二四八、四〇〇円(一日金二、三〇〇円の割合)の給与を得られた筈であるから、同額の休業による損害を蒙つたことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。原告は右認定期間を超えて昭和四二年四月一六日までの合計一六二日間休業せざるを得なかつたとして、一六二日分合計金三七二、六〇〇円の休業による損害を主張するが、右事実を認め得る証拠はないから、右主張は採用しない。
(三) 〔証拠略〕によれば、原告は前記のとおり昭和四二年三月一五日をもつて一応前記傷害は治癒したものの、右膝関節に自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級一〇級一〇号程度の後遺症を残し、労働能力の一部を喪失する結果となり、そのため、前記志村建築板金工業所を退職して昭和四二年四月頃より東京都世田谷区内の板金加工店藤村正吉方に勤務しているが、日給金一、八五〇円を得られるに過ぎず、事故前に比し、一日金四五〇円の減少となつたこと右一日金四五〇円の割合の減少分が、原告の前記後遺症による労働能力喪失のための逸失利益と認められ、一年分では原告主張のとおり金一三五、〇〇〇円となること、原告は昭和四年三月一五日生れの男子で、本件事故当時満三七才であつたから、なお、平均余命の範囲内の六三才までは板金工として稼働できるものと認められ、原告主張のとおり昭和四二年よりなお二四年間は稼働し得るから、この間の逸失利益につき、ホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除してその現価を求めると、原告主張のとおり金二、〇九二、五〇〇円となることが認められる。
(四) 原告が本件事故による傷害のため、相当の精神的苦痛を蒙つたことは推測に疑くなく、前記傷害及び後遺症の程度、入院、通院期間等諸般の事情を考慮すれば、右苦痛に対する慰藉料の額は金六五〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
(五) 弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らが原告の損害賠償の請求に応じないため、弁護士に依頼して本訴を提起するのやむなきに至つたこと、そのため相当額の弁護士費用を負担する必要のあることが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。この種の不法行為に基く損害賠償請求事件における弁護士費用は相当額の範囲内で本件事故と相当因果関係に立つ損害として、加害者側に請求し得るものというべきところ、本件においては、その訴額、認容額、事件の難易等に照らし金二五〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
以上(一)ないし(五)の合計金三、二六二、一〇〇円が、原告が本件事故によつて蒙つた損害である。
ところで、原告が、本件事故に関し、被告李より金六〇、〇〇〇円、自動車損害賠償責任保険による保険給付として金四二四、二四四円を受領し、これを前記損害額より控除すべきことは、原告の自陳するところであるから、これを差引くと結局原告の被告らに請求し得る損害額は金二、七七七、八五六円となることが計算上明らかである。
よつて、被告らは連帯して原告に対し、右金二、七七七、八五六円及びこれに対する本件事故の日である昭和四一年一一月六日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎宏八)